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スーツの辞典

スーツの歴史

 スーツの歴史はそれほど古いものではありません。フロックコート、テールコートといった現代のフォーマル
 ウェアが改良され、共地のスーツが誕生しました。ほぼ完成されたスーツが今後どのように変化していくので
 しょうか…。

1890年代

フロック・コートの流れをくむフロック・スーツが大流行。
この時代、政界や財界の重要人物が着ていたのはフロックコートかモーニングでしたが、若いビジネスマンはスーツを着るようになりました。このスーツはシングル4個ボタンが主流で、衿は細くて小さく、前ボタンをトップの1個だけ、または4個とも掛ける着こなしが普通でした。スラックスはスリムで裾口はシングル、ベストはシングル、ダブルともに愛用されていました。ダブルのスーツもボタン位置が高く、衿開きがごく小さいものが特徴でした。紡毛系の素材に代わってウーステッド系の素材がますます多くなり、だれもが山高帽をかぶっていました。
1900年代

結び下げ式の幅タイが登場。軽快なスーツ地も開発進む。
ブルー・サージのスーツが流行しました。この軽快感がホームスパン、フラノ、リネン、チェビオット、トロピカルなどの軽快なスーツ地の開発を刺激し、それ以後のスーツ素材の傾向を決定したと言っても過言ではありません。スーツの上着丈は短く、肩はワイド・ラウンデッド・ショルダーで胸幅が極端に広くなり、後ろ身頃のシェープはとられず、センターシームがますます多くなってきました。1890年代に優勢だったピンクやラベンダーのドレスシャツの色が、グレーとブルーに置き換えられたのもこの頃です。ネクタイもまた、それまでのボータイに代わって結び下げ式の幅タイがビジネスにも多く取り入れられました。
1910年代

ナチュラル・ショルダーの本格的なスーツ時代に突入。
ワイド・ラウンテッド・ショルダーに代わって、ナチュラル・ショルダーがスーツに取り入れられたのがこの時代のトピックスでした。それは本格的な20世紀型スーツの始まりになったためです。ラペルはハイゴージで幅が広くなり、ウエストは極端に細く絞られました。スラックスは1890年代に大流行した裾を極端に絞ったペッグド型がすたれて、全体をスリムにしたストレート型が基調になりました。第一次大戦の影響がカーキ色の厚手綿布やコーデュロイのコートやスラックスの流行をもたらしましたが、スーツのよりスリムでナチュラルなシルエットへの指向も、当時のアーミールックの刺激からでした。
1920年代

アメリカの黄金時代。スポーティー要素がスーツに取り入れられた。
激動の20年代、ファッションもまた激動しました。それまでの欧米のファッションリーダーだった英仏の力が衰え、アメリカのビジネスマンが影響力を持つようになりました。ゴルフやテニスなどのスポーツがますます大衆化し、新しいライフスタイルに自動車が欠かせなくなったのもちょうどこの頃です。アイビー・リーグの学生がヤングファッションの最先端にたち、スーツにスポーティーな要素が大量に取り入れられ、19世紀的な重圧感覚のいっさいが拒否され、生地もシルエットも軽快になっていきました。それは20世紀型のスーツの熟成。男性のワードローブがスーツを基本として、多様な充実を見せたのも特徴的な動きです。
1930年代

イングリッシュ・ドレープ・スーツが世界を席巻。
大恐慌から始まった30年代。優雅の時代の終焉とされましたが、新しい現代的な感覚によるもうひとつのエレガンスが誕生したのも、ふたつの大戦の谷間のこの時代でした。既製服が本格的に一般化し、2パンツスーツが開発されました。それまでのとてもリッチなファッションが一掃されて、実用的な優雅の感情が尊重されるようになってきました。シルエットで記憶されるべきは、セヴィル・ローから始まったドレープ・モデルです。これは肩幅を極端に広くして、ウエストを絞ったX字ライン、スラックスは2タックで股上の深いもの。ハリウッド・ルックの源流になりました。
1940年代

スリム・ルックからボールド・ルックまで激動の40年代。
第2次大戦の嵐が世界の主要都市を5年間もの長期にわたって吹き荒れ、ファッションの灯は完全に消え去りましたが、この年代のスーツのシルエットはイングリッシュ・ドレープ・モデルが主流でした。このモデルを原型として、それぞれの国のスタイリングがアレンジせれてきました。その反面、物質の極端な不足から一種のスリム・ルックが結果的には皮肉な動きにもなりました。生地を節約するためにむだなドレープが削られ、ダブルよりもシングル、3ピースよりも2ピースへと、スーツのシルエットとモデリングがよりスリムで簡略な方向へと変化していきました。
1950年代

3ピースから2ピースへ、強いアメリカの影響。
3ピースが完全に一掃されて、2ピースがスーツの基本になりました。政界や国際的な重要人物でも、公式な席でベストを着用することがなくなりました。それはスーツファッションの歴史の根源的のところでの変化と変質を象徴していました。シルエットはナチュラル・ショルダーが基本となり、全体によりスリムな方向へと確実に動き始めました。さまざまな化合成繊維素材が本格的に実用化され、日本のスーツはアメリカの影響を強く受けるようになりました。流行のスーツ素材が明るい淡色のギャバジンから始まったこの年代も、その中期以後は黒いフラノに塗りこまれてしまいまいました。
1960年代

シェープド・ラインのコンチネンタル・ルックが本格化。
シェープがスーツのシルエットで最も重要な課題になrってきました。コンチネンタル・モデルから本格化したシェープド・ラインへの指向はそれまでの直線的なシルエットを、もっと人間の身体の輪郭をトレースする立体的なかたちへと再構築しようと変化していきました。それはそのまま実用的で目立たないとういスーツの基調が一転して、ゆり奇麗に、よりセクシーにという変化への要求になってきました。アメリカでは、くじゃく革命によるスーツやシャツをはじめとするメンズ全般の多彩化が開発され、パリでは有名高級衣装店がスーツのデザインを手掛けるようになり、ロンドンではミニ・スカートとモズ・ルックが話題になりました。
1970年代

ファッションの主流はヨーロッパへ。見逃せないパリ、ミラノ。
モダニズムが席巻した70年代は新機能主義がスーツを支配していきました。カジュアルにジーンズが大量に進出して、この革命の嵐が始まりました。スーツやテーラードがもう時代遅れになるのは確実と、ニットがスーツ素材として本格的に取り上げられたり、クラシックなテーラリングを徹底的に簡略化した背広仕立てであるアンコンストラクションが注目されたが、一般のスーツのシルエットではシェープドが確実に進行し、3ピース・スーツが復活しはじめました。パリの高級衣装店のブランドが世界に広がり、ミラノの新進デザイナーがメンズのデザインを重視するようになり、ミラノの動向が見逃せなくなってきました。
1980年代

ソフト・テーラリングの30年代のドレープ・モデルが復活
自然志向がファッションの基調になり、死んだ繊維のリネンが強烈な勢いでスーツ素材に復活してきました。これと同時にシェープドがあきられ、ルーズなフィットを基盤とするビッグシルエットが注目されてきました。それは30年代のドレープ・モデルの復活でしたが、その仕立てがソフト・テーラリングと呼ばれる、新しく開発されたソフトな芯地、裏地、表地を駆使する新技術。スーツがまるでシャツのようにソフトに作ることができて、新スーツがカジュアルの分野にまで進出しるようになりました。ファッションの基調はレトロ(懐古)調でしたが、個性化も進行し、それがブランドの役割を強調する原因になりました。
1990年代

ますます進む多様化、多極化のなかでスーツは何を創造するか?
ソフト・スーツがますます一般化してきましたが、その反面では新しいシェープドの造形も注目されるようになりました。エコロジーの意識から色彩の感覚が大きく変わり、オリーブ・グリーン系のギャバジン、ダブル6×1型のスーツが世界の若者たちに大歓迎されるようになってきました。レトロはますますデザインの発想に重要な役割をもち、さまざまなテーラードの遺産が再解釈され、19世紀の世紀末の時代から20世紀の各年代のグッド・デザインが再評価されてきました。70年代にスーツはファッションの時代に突入し、80年代にスーツはデザインの時代に突入しました。これからのスーツはどのような魅力を創造するのでしょうか…。